東京・副都心。とあるマンションの一室で鳴り響く電話の音。
深瀬和実(椿隆之)が受話器を取り上げないのはいつものことだった。こうして今日も留守電のメッセージには、クライアントからの無理難題や急ぎの発注が残されるのだった。
ここは新進作曲家として活躍する和実の仕事場兼自宅である。
音楽で身を立てたい。そんな夢を持ち、それを見事に叶えた和実。しかしプロの作曲家としての毎日に、彼はいつからか違和感を持つようになっていた。
 そんなある日、和実の元に実家の母・千津(鶴田さやか)から電話が入った。
「橘先生(萩原流行)が亡くなったわ」。
橘章吾先生。それは和実にとって忘れることのできない存在だった。
橘の葬儀に参列するために生まれ育った湘南を目指し、電車に乗る和実。やがて彼の記憶は海の見える高校で過ごした青春時代へと遡っていく‥。
1994年・夏。
和実は音大を目指す七里ヶ浜学園高校の3年生だった。
受験生にとって夏休みは勝負の季節。音大受験には筆記と同様、実技も重要だ。
だが父亡き後、スナックを経営する母の女手ひとつで育てられた和実。彼の家庭には到底ピアノを買う余裕はなかった。
そんな和実に音楽担当の橘先生は言った。
「夏休みの間、ウチに来ないか」。
橘家でピアノに向かうことに和実は夏休みの毎日を費やした。熱心にレッスンを続ける和実に、手料理を振舞う橘の妻・節子(原日出子)。和実は着実にピアノの腕前を上げていくのだった。
 和実は勉強のかたわら、同級生たちとバンドを組んでいた。メンバーは馬渕(関川太郎)、北川(佐藤タケシ)、そして由基子(阪田瑞穂)。バンドをやっている以上は人前でライヴをやってみたい。そう考えた彼らは渋谷での路上ライヴを計画。だが校外活動は校則で禁止されている。和実たちは学校に内緒で渋谷での路上ライヴを決行することに。渋谷を目指し、車で湘南を出発した彼ら。しかし慣れない運転のため一方通行を逆走。危うく人身事故を起こすところを免れたまではよかったが、早速学校に呼び出される。
無断で校外活動を行おうとしたことに対し、4人は学校側から厳しく追及される。その時、和実が叫んだ。
「無断じゃない。橘先生の許可をもらっています!」。
和実のその言葉が原因で、やがて橘先生は教壇を追われることになる…。